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日蓮関連の書 [日蓮]

「昭和定本」・昭和定本日蓮聖人遺文全四巻(昭和63年以降の改訂増補版)
「平成新修」・平成新修日蓮聖人遺文集 米田淳雄編纂 現在星雲社から出版
「行道文庫」・霊断師会発行 日蓮聖人御遺文全 (昭和47年版)
「御書全集」・創価学会発行 日蓮大聖人御書全集 (昭和57年版)
「昭和新修」・平楽寺書店発行 昭和新修日蓮聖人遺文全集全三巻 浅井要麟編纂
「平成類纂」・師子王学会出版部 類纂日蓮聖人遺文集平成版 平成12年版
「縮刷遺文」・霊艮閣蔵版 日蓮聖人御遺文
「昭和新定」・富士学林発行 昭和新定日蓮大聖人御書 
「真蹟集成」・法蔵館発行 日蓮聖人真蹟集成全十巻
「遺文講義」・日本仏書刊行会 日蓮聖人御遺文講義全十九巻
「遺文全集」・ピタカ発行 日蓮聖人遺文全集講義全二十三巻
[聖人全集]・春秋社発行 日蓮聖人全集全七巻
「遺文講座」・平凡社発行 日蓮上人遺文大講座全十二巻 小林一郎著
「岩波思想」・岩波書店発行 日本思想体系14巻『日蓮』 戸頃重基・高木豊著
「岩波古典」・岩波書店発行 日本古典文学大系82巻『親鸞集日蓮集』 兜木正亨・新間進一著
「岩波文庫」・岩波書店発行 岩波文庫『日蓮文集』 兜木正亨著
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「中央公論」・中央公論社発行 中央バックス 日本の名著8巻『日蓮』 紀野一義著
「筑摩仏教」・筑摩書房発行 日本の仏教思想『日蓮』 田村芳朗・浅井円道・勝呂信静著
「筑摩仏典」・筑摩書房発行 日本の仏典『日蓮』 渡辺宝陽・小松邦彰著
「大正新脩」・大蔵出版 大正新脩大蔵経全100巻
「国訳一切」・大東出版社 国訳一切経


日蓮の足跡、空白の十二年間 [日蓮]


                                                                                                                                      日蓮は京都にのぼり、比叡山で参学した。彼がそこでどのように学んだかは明らかでない。ある者は俊範について学んだともいうが、当時俊範はすこぶる名高い僧であったが、後年日蓮のいかなる文書のなかにも、その名はない。彼の講義をきくことがあったにしても、その弟子と名のるほどの関係ではなかったのであろう。
また俊範以外の名前もみあたらない。そうとしたら、彼は主として、事物を師として、自分で学んでいったと考えられる。親鸞、道元もはじめよき師に出会わなかったが、後に法然といい、如浄というよき師にめぐりあったのに比べ、彼は生涯師という人にめぐりあわず、書物、あるいは、世界の事象を師として学んだということが考えられる。彼は終始、世界の事象のなかに直接法そのもの、真理そのものを求めていくように運命づけられていたともいえよう。
はじめ、日蓮は自分の田舎言葉に悩み、京言葉を習熟するようにつとめたことも考えられる。だが、彼は次第に、田舎言葉になじんだ者はそれでいいではないかと思うようになったのである。なにも京言葉に対して劣等感をもつ必要はないのではないか。そのような形式的なことに心をとらわれるのは、自分がほんとうに法を求めず、自分に自信がないしるしではないかと考えるようになった。
ここには、日蓮のひらきなおりがあり、自分に徹しようという態度がある。それはそのまま、彼の学習のはげしさを示している。彼はこのような態度で彼の疑問にぶっつかっていった。その疑問とは、「人が最もすばらしく生きる道はただ一つであるにちがいない。それなのに、いま釈迦の教えといって、多くの宗派が争っている。ほんとうに釈迦の教えとは一体そのなかのどれであろうか」というのが、彼の問いであった。
当時の仏教界には、まじめに法・真理を求めようとする者はほとんどいなかった。法・真理を求め、それに生きるはずの僧侶の世界は俗世間以上に乱れ、いたずらに地位や財産を求め、戦争にうつつをぬかしているような世界であった。俗世間で尊ばれる権力がそのまま通用していた。
だが、こういうなかで、叡山は少なくとも法・真理を求めようとする者たちの中心地であり、その書庫は経典類でうずまっていた。日蓮はそのなかにうずまって、自分の疑問を自分で解決しようとしたのである。自分の疑問を解決できるような師にめぐりあわなければ、そうするほかはない。
当時、日蓮が親鸞、道元に直接めぐりあっていたなら、その後の日蓮はどのようになっていたかわからないが、運命は彼らを引き会わせることもなく、日蓮はあくまで、彼の悩み、苦しみのなかに彼をたたきこんだままであった。それは十二年の長きにおよぶのである。その間のことは明らかでない。
推量できることといえば、その間、叡山にとじこもりきりというのでなく、暇をみつけては、京都、奈良大阪などの各地の寺にでかけて、直接、倶舎宗、成実宗、三論宗、華厳宗、禅宗などを学んだということである。そればかりか、漢学、国学、歌道、書道なども学んだ。すべて、それは、日蓮の疑問を明らかにするためであった。
このように、十二年間の長い間、ただひたすらに、本を読むかたわら、山に住み、野を歩き、法・真理を求めつづけたのである。これこそ、釈迦が法・真理を求めつづけた態度を当時に再現したもので、すべてのものを前提にしながら、同時にすべてのものを否定し、ただ一つの法・真理を創造しようとつとめたのである。
その生活が法・真理を生みだすためには、非常に重要なのである。その期間は長ければ長いほどよい。一見無駄のようにみえるこの生活に、価値がある。人はともすれば、そのような生活を軽視し、時代はそんなことを待ってくれないように思いがちである。
しかし、時代はその間にそれほど悪化するものでもないし、問題はむしろ、早急な考えにもとづいて、なにかをやったとしても、全然よくならないことである。じっくりと考えて、時代をよくする方法を考えたらよいのである。
日蓮はそれをやりとおした。その結果、彼は「法華経こそ、諸経にすぐれたものであり、諸経は法華経のためにあり、いまこそ、法華経を弘通する時である」という決意に到達する。

昭和定本日蓮聖人遺文 [日蓮]

日蓮の代表的な全集である『昭和定本日蓮聖人遺文』(全四巻)には、断簡を含めて八OO編近い「遺文」が収録されている。ほかに日蓮の直筆として、多数の自筆の文字曼荼羅がある。
1953年に発行され、1988年、1991年、2000年にあいついで改訂増補版が刊行されている。


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遺文の数からいえば日蓮のそれは、中世の仏教者では群を抜いている。しかも日蓮の場合、青年期から最晩年までほとんど途切れることなく遺文が残存しており、史料不足に悩まされる他の祖師に比較して、思想形成を辿るためにはこの上ない好条件となっている。

しかし、問題は史料の質である。これらの膨大な遺文のなかには、明らかに日蓮のものではない偽作史料がかなり含まれている。

日蓮は酒を嗜んでいた [日蓮]

この十余日は、すでに食もほとをど止まりて候上、雪はかさなり、寒はせめ候。身のひゆる事石の如し、胸のつめたき事氷の如し。然るにこの酒はたたかにさし沸して、霍香をはたと食い切て、一度のみて候へば、火を胸にたくが如し、湯に入るに似たり  (上野殿母尼御前御返事)


仏教徒が守るべき日常生活における規則に「五戒」というものがある。五戒とは、よく知られているように、不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒の五つ

これら五つのうち、最後の不飲酒戒の場合は、酒を飲むこと自体をいましめたというよりも、酒を飲むことによって、前の四つの戒めを犯しやすくなるからという理由によって制定された。こういった戒律は日本に伝わってくると、日本人は「酒を飲むこと自体がいけないのではないから、酒を飲んでも他の悪いことをしなければよいはずだ」と解釈するようになったようだ

特に禅系の寺院の門前には、「不許葷酒入山門」(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)とあって、酒を飲むことが激しくいましめられていたが、薬として身体のために少しぐらい飲むのならよかろう、ということで、酒として飲むのではない、という意識から、「智恵のわきいずるお湯」という意味を持った「般若湯」という名をつけた


 酒を般若湯と言い換えた鎌倉新仏教の詭弁

秋元御書の真贋 [日蓮]

不殺生戒と申すは、是の如き重戒なれども、法華経の敵になれば、此れを害するは第一の功徳と説き給う也 (秋元御書)

易しく言い換えると、次のようになる

生物の命を奪うことは、非常に重い罪である。法華行者は、道徳心があるから、生物を殺さないのである。しかし法華行者は、謗法を犯す者(法華経を蔑ろにする者)を懲罰しなければならない。そして折伏に応じないならば、謗法を犯す者(法華経を蔑ろにする者)を殺したとしてもやむを得ない。何故ならば、人を殺すことの不道徳より、謗法を犯すことを止めさせることの道徳の方が、遥かに正しく良いことだからである(人を殺すことは-10点で、謗法を止めさせることは100点なので、差し引き90点の善をしたことになる)


さらに激しく解釈してみよう


殺生戒は仏誡の第一であり、生物を残害しないのは道徳心の発端である。それにしても謗法の者を懲罰するは、法華行者の義務であり、いかに折伏してもこれに応じない者は、これが一命を断つとも已むを得ない。これかえって真の慈悲である。この意味からいえば、謗法者を殺すのは、法華経主義からいえば、不道徳でないのみならず、かえって大道徳になる

「日蓮は、謗法を犯す者を殺すことを、功徳とした」となるのである

日蓮宗の基礎研究書である「昭和定本日蓮聖人遺文」によれば、真筆は現存せず、写本が残っている。真偽は諸説あり、「平成新修日蓮遺文」には収録されていない。今後も議論が続く模様である

日蓮さん [日蓮]

昔読んだ本で、「日蓮の謎」って本があったわけさ

百瀬明治ってわけのわからんオッサンが書いた本で、本の題名は仰々しいんだけど、とんでもない

雑文程度のものでしかなかったわけさ

そんで、ブログの表題を「日蓮の謎」ってしたわけヨ



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ブッチャケ、日蓮さんって頭いってる人だよね

相当、変な野郎さ

狂人に近いよな・・・・そんじゃなにがなんでも失礼にあたるので偏執狂とでもしておこうかなぁ~

ヨーロッパでは統合失調症圏の奇人が多いといわれ、日本では双極性障害(躁うつ病)圏の奇人

が多いといわれてるわけ~ヨ

そんじゃ、日蓮さんは躁うつ病だったかもしれねえ~~な

同類は共鳴し合うわけで、チョンコロ池田君とか北一輝君なんかが元祖を凌ぐような基地外ぶりを発

揮したわけヨ

池田君なんかはもともと分裂質なんだけど、民族病の火病も患らちゃってるわけよ

チョンコロの分際でセンセイだってよ

チョンコロ・専門学校中退・闇金あがり・強姦魔の四重苦か

そういう基地外がガンジキングイケダだっていうじゃねえか

開いた口が塞がらなねえや

あーキモキモ



内村鑑三なんかはさ、ハッキリ言ってるよね

日蓮さんはビョーキですってね

この内村鑑三という宗教オッサンは人のことを偉そうに基地外扱いしてやがるが、当の本人も相当ア

タマいっちゃってるわけーよ

高崎藩士の名門に生まれながら、よりによって外道耶蘇教の伝道者になっちまった


それも無教会主義ちゅうわけのわからん、いまでいえばカルトみてなことをやってたわけさ

そういう意味でいえば逆説ちゅうもんがあるからよ、基地外に基地外扱いされた日蓮さんのほうがマ

トモかもしれねえぇなー




毛唐でもいるわいな

ジャンヌ・ダルクとかいう基地外宗教女

フランスじゃ今でも英雄扱いだっていうじゃねえか

病跡学ってのがあってよ、今じゃビョーキ女だってハッキリわかちゃってるわけーよ

発作を伴わない幻覚症状のみの側頭葉癲癇だってさ

ようするに統合失調だよな




基地外を偉人と言い換えるのは宗教くれえなもんだろ

無価値な宗教野朗なんかブッチャケどーでもえぇわけよ

あ~基地外はきもおぉぉ~~



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